税理士を目指す方々にとって開業は憧れのひとつです。一方で、税理士試験に受かっても親の税理士事務所の跡をつぐのでなければ、いきなり開業はハードルが高いですよね。まずは税理士法人などに勤務して、実務を身につけつつ独立または社員税理士を目指すのがスタンダードでしょう。
このどこかの会計事務所に勤務する税理士に関して、平成26年3月31日に税理士法施行規則が改正されて、従来の「補助税理士」が「所属税理士」へと名称変更になり、それにともない業務内容も変更されています。
この制度変更は税理士の働き方を変える可能性のある大きな変更ですが、税理士の方々で改正された制度を実際に利用した方はまだ少ないかもしれません。
そこで、制度改正の内容について、日本税理士会連合会の「所属税理士制度(税理士法施行規則第1条の2)に関するQ&A」を参考にお伝えいたします。
【本記事の目次】
- 所属税理士って何?「補助税理士」から「所属税理士」制度への主要な変更点
- 所属税理士が顧問契約をするときに気を付けたいポイント3つ
- 確認しないとトラブルのもと!クライアントと契約するときのポイントは
- 気になる責任と対価。サインは?報酬はどうなるの?
- 「そろそろ独立」の時期。独立準備はどこまでできるか
- 直接受任したクライアントを開業先に引き継ぐ方法
1:所属税理士って何?「補助税理士」から「所属税理士」制度への主要な変更点
改正された税理士法施行規則第1条の2第2項で、「補助税理士」から「所属税理士」へと名称が変更されました。
また、従来の制度の補助税理士では、顧問契約は開業税理士や社員税理士しか行えませんでしたが、所属税理士は他人の求めに応じ自ら委嘱を受けて税理士業務等に従事できることになりました。
これによって、勤務しながらにして自分のクライアントを増やすチャンスがきました。所属税理士として税務実務を経験しつつ、独立の準備もできるとは、なんとも美味しい話ですよね。開業税理士や社員税理士が表立ってきた税理士業界にとって、所属税理士が自らの名前で契約ができるなんて、大きな改革です。
「そんなに良いことずくめなら、みんな所属税理士になるんじゃない?」と思いますよね。ですが、開業税理士のように自らの判断で、自由に業務を受嘱できるわけではありません。所属税理士が自ら税理士業務の委嘱を受けるためには、いろいろな手続きが必要となり、それがクリアされてないと契約することはできません。
では、ここからは所属税理士の大原さんを例として見てみましょう。
2:所属税理士が顧問契約をするときに気を付けたいポイント3つ
(1)今すぐ契約できる?それともできない?顧問契約を依頼されたときのポイント
制度改正があり自分も契約ができることになったことを、友人の田中さんに話した所属税理士の大原さん。
話を聞いた田中さんは「大原さんと契約できるなら、顧問契約頼もうかな。」と、早速、顧問契約をしてくれることになりました。善は急げとすぐに契約をしたいところですが、このまま契約を進めてよいのでしょうか?
実は、所属税理士が顧問契約をするためには定められた手続きが必要で、事前に事務所や税理士法人の使用者税理士等の承諾が必要になります。
すぐ契約したい気持ちは分かりますが、そのまま友人と直接契約してしまうと法令違反になってしまいます。友人の田中さんには「事務所の承諾が必要だから、承諾をもらってから契約を進めさせてほしい。」と伝えましょう。
第1条の2第2項より、委嘱を受ける場合はその都度あらかじめ使用者である税理士又は税理士法人の承諾を受ける必要があります。自分の判断で契約をしてから、事後的に承諾を得ることは認められませんのでご注意ください。また、承諾は口頭でなく、書面で得る必要があります。(所属税理士に関するQ&A: Q&A1参照)
(2)記帳代行は税理士の独占業務じゃないから承諾不要?
田中さんから顧問契約を頼まれた所属税理士の大原さん。契約前に承諾が必要であることを説明したところ、「急ぎで記帳代行だけでも先に受けてもらえないか?」と、相談されました。
記帳代行は税理士の独占業務じゃないから承諾を受けなくてもよいのか、やっぱり必要なのか悩んでいます。
「税理士登録がなくても行える記帳代行なら承諾を得なくてもできるのでは……」と思いがちですが、記帳代行は承認が必要な業務として、税理士法第2条第2項で規定されています。承諾を得ずに委嘱を受けてしまうと税理士法違反になります。いったん引き受けて後からダメだったというのも、これからの信頼関係にマイナスですよね。承諾が必要になる範囲は事前に確認しておきましょう。
承諾が必要な業務は、税理士法第2条第1項1号から第3号までに規定する業務(第1号 税務代理、第2号 税務書類の作成、第3号 税務相談)と、同条第2項に規定する業務(税理士業務に付随した財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務)が対象になります。(所属税理士に関するQ&A :Q&A2参考)
(3)承諾をもらったけど有効期間はあるの?
所属税理士の大原さんは、田中さんの所得税及び消費税等の税務代理業務等について、使用者税理士から承諾を得ることができました。
このとき、ふと契約期間について気になりました。「もしかしたら、申告ごとに毎期承諾をとって契約を締結しなおす必要があるのかな?手続きが面倒だなあ。」
ご安心ください。承諾は委嘱契約終了までは有効です。契約の文言を工夫しておけば、申告1回ごとに締結し直す必要はありません。
承諾を行った場合、委嘱契約終了までの間は有効であり、継続して直接受任した業務を行うことができます。契約終了までは年分(事業年度)毎の承諾は不要です。(所属税理士に関するQ&A:Q&A8参照)
3:確認しないとトラブルのもと!クライアントと契約するときのポイントは
契約に関して注意しなきゃいけない改正点はある?
所属税理士の大原さんは使用者税理士の承諾を得て、友人の田中さんと顧問契約をすることになりました。大原さんは、直接契約をするのは初めてです。田中さんとの契約に際し、特に注意すべき点はあるのでしょうか?
契約締結時には、契約書以外に必要な書類が2点あります。
- 説明書面
- 承諾書の写し
なお口頭での説明は認められませんので、書面を準備して契約に臨みましょう。
説明書面には、所属税理士である旨など法定事項を記載することになります。また書面で渡す場合も、委嘱者に責任の所在や制度を確実に理解してもらうために、十分な説明が必要です。
税理士法施行規則第1条の2第3項に掲げる以下の事項を記載した説明書面を委嘱者に交付して、説明する必要があります。また。承諾を得たことを証する書面の写しを添付します。説明書面には所属税理士の署名押印が必要です。
- 所属税理士である旨
- その勤務する税理士事務所の名称及び所在地又はその所属する税理法人の名称及び勤務する事務所(当該事務所が従たる事務所である場合には、主たる事務所および当該従たる事務所)の所在地
- その使用者である税理士又は税理士法人の承諾を得ている旨
- 自らの責任において委嘱を受けて税理士業務等に従事する旨
(所属税理士に関するQ&A: Q&A9参照)
4:気になる責任と対価。サインは?報酬はどうなるの?
(1)税務代理権限証書の名称は誰の名前で記載すべきか
無事に契約を済ませて税務業務をこなし、いよいよ申告書を提出する時期になりました。ここで所属税理士の大原さんに疑問がわいてきました。
「今まで税務代理権限証書は、税理士法人の名称を記載していたけど、今回のように直接受任した場合でも、税務代理権限証書は所属している税理士法人の名前で提出するのかな?それとも自分の名前で提出したら良いのかな?」
法改正以前は、主要な実務を補助税理士が行っていたとしても、使用者税理士等の名で提出するのが通例でした。
しかし、改正によって、直接受任した場合は所属税理士の名前で提出することができるようになりました。ですので、大原さんの名前を記載してください。受任した責任と喜びが、実感できる瞬間ですね。
税務代理権限証書は、委嘱者との委嘱契約に基づいて作成されるため、委嘱契約に基づき税理士業務を行う税理士の名前を記載することになります。したがって、所属税理士が直接委嘱を受け税理士業務を行う場合には、自らの名で提出することになります。(所属税理士に関するQ&A: Q&A20参照)
(2)税務代理権限証書の次は、税務書類の署名が気になるけど…
所属税理士の大原さんは、田中さんから受任した税務申告に添付する税務代理権限証書に、自分の名前を記載しました。次は、税務書類の署名押印の方法にも何か変更があるのか、気になっている様子です。
クライアントが「税務業務を責任をもってやってくれたのはこの人なんだ!」と一見して分かるのは、何といっても税務書類の署名押印欄ですよね。
改正後は、直接受任した申告書については、「税理法人名+自分の肩書と名前+直接受任」の旨を自署し押印してください。初めてするサイン、一生忘れられませんね。
税理士法施行規則第16条第1項第2号及び第3項より、勤務する税理士事務所の名称又はその所属する税理法人の名称のほか、直接受任である旨を付記する必要があります。
≪記載例≫
○○税理士法人 所属税理士○○○○(直接受任)
(所属税理士に関するQ&A: Q&A21参照)
(3)給料をもらってるけど、受任した契約先からの報酬も自分で受け取っていいの?
所属税理士の大原さんは、お給料をもらっているのに受任先からの報酬も直接受け取っていいのか、使用者税理士には聞きづらいようです。はたして、受任した分の報酬は自分で受け取っていいのでしょうか?
この点、自分の責任で受任して税理士業務を行った報酬は、当然に受け取ることが可能です。
自らの名で委嘱を受けて直接受任業務を行う合は、当然に自らの名で報酬を受け取ることが可能です。(所属税理士に関するQ&A: Q&A28参照)
(4)サインをしたら責任ずっしり……万が一の損害賠償に備えるべき?
所属税理士の大原さんは、サインをして報酬を受け取り、その責任の重さを痛感しているところです。万が一にも受任業務に関して委嘱者に財産上の損害を与えた場合のために、事前に賠償の備えをしておいたほうが良いのか悩んでいます。
報酬も賠償責任も、受託した所属税理士に帰属しますので、何かあれば損害賠償請求を受ける可能性はあります。開業税理士や社員税理士と同じリスクが生じるため、万が一のことを考えて損害賠償責任保険に加入しておきましょう。
受任業務に関して委嘱者に財産上の損害を与えた場合も、委嘱を受けた所属税理士が自ら責任を負います。所属税理士も税士職業賠償責任保険に加入することは可能であり、直接受任業務も保険の対象になります。(所属税理士に関するQ&A: Q&A29参照)
5:「そろそろ独立」の時期。独立準備はどこまでできるか
(1)独立への第一歩。事務所設置ができるのはいつから?
直接受任をして経験を積んできた、所属税理士の大原さん。お客さんも増え自信もついてきたので、そろそろ独立を考えています。
そこで、勤務しながら自分で事務所を持ちたいのですが、改正所属税理士制度では所属税理士が自身の事務所を持つことは認められているのでしょうか?
残念ながら、所属税理士は自らの事務所を設置することは認められていません。制度変更されても、所属税理士の本来業務は補助業務にあるためです。
そのため、開業税理士として登録し直してから、改めて準備をする必要があります。
税理士法第40条第1項及び施行規則第18条より、所属税理士は自ら事務所を設置することはできません。(所属税理士に関するQ&A: Q&A22)
(2)事務所はダメでも、アルバイトやパートを雇うことはできる?
事務所の設置を諦めた、所属税理士の大原さん。とはいっても自分で直接受任したクライアントもあるし、独立に向けての事務作業もあるので、アルバイトかパートを雇いたいと思っています。独立前に自分で使用者を雇うことはできるでしょうか?
所属税理士の本来の業務は、あくまで補助業務にあり、事務所の設置は認められませんでした。使用者を雇うことも同様の趣旨で認められていません。
クライアントの確保以外は、所属税理士をやめてから準備することになります。
ただし、必要な場合は、使用者税理士等との協議のうえ、一時的に使用者税理士の勤務使用人を借りることは可能です。
所属税理士は使用者税理士等の事務所に勤務する使用人であり、本来業務は補助業務であることから、自らの使用人その他従業者を持つこともできません。ただし、使用者税理士事務所に勤務する使用人を、使用者税理士と協議のうえ、一時的に借用することは可能です。(所属税理士に関するQ&A: Q&A24参照)
6:直接受任したクライアントを開業先に引き継ぐ方法
所属税理士として受任した契約の取扱いは?
所属税理士の大原さんは、いよいよ独立を決意しました。所属税理士として直接受任した契約を、開業先の事務所に引き継ぎたいと考えています。そこで開業後も契約を引き継ぐために、何か注意することはあるのでしょうか?
所属税理士として締結していた契約は、所属税理士から開業税理士に登録変更が完了してから再締結することになります。クライアントの申告時期を勘案したうえで、先方に迷惑がかからない時期に再締結できるように、独立のタイミングに配慮すると良いですね。
また、所属する会計事務所内の手続きとして、使用者税理士等に契約終了の報告を行う必要があります。
開業税理士に登録変更するときまでに、使用者税理士等に対して施行規則第1条の2第7項の終了の報告を行う必要があります。登録変更後速やかに、開業税理士名義で再締結することが適当です。(所属税理士に関するQ&A: Q&A27参照)
以上、改正所属税理士制度の主な内容をお伝えしました。
会計事務所や税理士法人に勤務している税理士でも、自らの名前で税理士業務等の委嘱を受けることができるように制度改正されたことで、将来の独立を考える税理士にとって有利になりました。ですが、手続きはなかなか煩雑なうえに、使用者税理士が認めないと契約に至らないため、実現可能性・自由度は使用者税理士によります。
この記事で、若手税理士の活躍の場を広げる所属税理士制度への認知度が高まり、税理士業界に浸透するきっかけになれば幸いです。
(ライター 大津留ぐみ)
<参考>
<免責事項>
本記事は、日税連「所属税理士制度に関するQ&A」(平成26年10月15日)の情報を参考に執筆しており、最新の情報であることを保証するものではありません。法令・規則等は変更となる場合がございますので、最新の情報をご確認の上、各事項に関してご判断頂くようお願い致します。