大きな話題になった脱税ニュースですが、去る2022年8月、上場企業であるM&A仲介大手の元役員の脱税事件がありました。
この事例、ストックオプションで購入したこの上場企業の株式の譲渡益について、7億円超を申告せず、所得税を約1億1千万脱税したとして税務当局から告発されたのです。
この元役員は、「税務当局の調査があるはずなので追加で納税すればよい、という軽い気持ち」で申告しなかったと言ったと言われています。
上場企業の元役員で、かつM&Aという税務とは切っても切れない業務に従事し、顧客から多額の報酬を得ておきながら、そのコンプライアンス意識の乏しさに驚かされます。
後日追加で納付すればお咎めなし、という発言から思い出されるのは、「取り敢えずの期限内申告」というとある税務調査の専門家が税理士に薦めていた違法な申告です。
この取り敢えずの期限内申告は資料などを顧客から得られず、正しい期限内申告が困難な場合、計算は適当でも期限内に申告することです。
その後で、資料を集めた後早期に正しい数字を固めて修正申告することで、期限後申告に対するペナルティーである無申告加算税を逃れるのがこの申告。
正しい数字で期限内に申告することは法律以前の税務の常識なので取り敢えずの期限内申告は純然たる違法行為です。
しかし、適当な申告でも後日それを直せばお咎めはないと考える安直さにつき、本件の脱税事件と共通する部分があります。
なお、取り敢えずの期限内申告は無申告加算税を逃れられても税理士法違反は逃れられません。
この点においても、後日申告をしているのに、脱税事件として告発され、罪を逃れることができていない本件と大きな違いはありません。
加えて、この事件が悪質なのは、申告が漏れている株式の譲渡所得に対する税率が、20.315%と非常に優遇されていることです。
富裕層の節税の王道は、シンガポールなどの低い税率の国に住所を移して非居住者になり、自分が社長を務める日本の会社からもらう給与の税率を下げるというものです。
この場合でもその税率は20.42%です。本件の元役員は、国外転出による節税後の税率と大差もない税率である株式の譲渡所得税を申告しなかった訳で、まさに意図的に申告しなかったと言わざるを得ません。
少し脱線しますが、この元役員の方が所属していたM&A仲介大手ですが、不適切な会計処理で問題になったことがあるようです。
M&Aは非常に高度な会計税務の知識が必要になるとともに、大きなお金も動くものですから、会計税務に携わるものにとっては、花形と言える業務です。
しかし、実務においては、このような不祥事が生じている訳で、法令順守よりも目先の報酬が重視される業務に成り下がってしまったのかもしれません。
M&Aの税制は、日本でM&Aを活性化させて日本経済を成長させるために作られた、と聞いたことがあります。
会計税務の専門家にとっては、この理念に立ち返り、再度緊張感をもってM&Aの実務に臨む必要があると考えられます。
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元国税調査官・税法研究者 松嶋洋とは?
元国税調査官・税法研究者・税理士
松嶋 洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。