昨年、大きな話題になった所得税の通達に関するパブリックコメントがあります。あまりの大きな反響に当初案を翻す、という前代未聞の事態にまで発展しました。
このパブリックコメントの当初案では、年間の収入金額が300万円以下である所得は、それが納税者のメインの所得でない場合、特に反証がない限り雑所得に該当する。とされていました。
自分の行う事業について、その規模が大きいと認められる「事業所得」になるか、それとも規模が小さいサラリーマンの副業のようなもので「雑所得」になるか、所得税の実務上、往々にして問題になります。
困ったことに明確な判断基準がなく、税務署と納税者で見解の相違が生じていますが、一義的には売上金額の300万という基準で判断される、としていた訳です。
事業所得と雑所得の区分が問題になるのは、これらの所得の計算上赤字になった場合の取扱いが異なるからです。
事業所得の赤字はその他の給与などの所得と相殺できますが、雑所得の赤字は相殺ができません。
このため、収入がほとんど上がっていない、規模的にどう見ても雑所得にしか見えないような赤字の副業を事業所得として申告することで、その赤字を給与所得などと相殺する所得税の申告が現状も多く見られます。
もちろん、このような申告をすると税務調査で是正される可能性が大きいと言われますが、事業所得と雑所得の区分について明確な線引きがないため、税務署にとってもその是正は非常に困難でした。
このため、税務調査の実務では納税者や税理士がゴネることで、本来は雑所得のような小規模な事業も事業所得と認めさせることも多くあります。
加えて、所得税の申告件数は膨大ですから、このような申告をする納税者全員に税務調査をすることは、そもそも困難という現実もあります。
このような事情を踏まえ、税務署も何か明確な基準が必要、ということで、収入金額300万という基準を打ち出したと思われます。
しかし、十分な税法の知識がなく、かつ税務署に忖度する裁判所の現実を踏まえれば、今後の実務においては、この基準が独り歩きし、300万という基準で万時判断されることになると考えられます。
先に述べた通り、「反証がない限り」という条件は付されていますが、こんな条件は「一応実質的に規模を判断する」という建前に過ぎません。
実際のところ、アパートの家賃などの不動産所得について、その規模が事業と言えるか否かについては、法律上は実質的に判断するとしつつ、国税庁が通達で決めた、5棟10室基準(貸付戸数が5棟以上か10室以上で事業とするという基準)で万事決まっています。
実際のところ、1500万という個人では大きな収入が発生している不動産所得についても、それが5棟10室基準を満たさないことから、事業的規模ではないとされた事例もあります。
しかし、300万という基準があまりにも硬直的すぎる、という意見があり、このパブコメについては見直されました。
その結果、個人事業主が事業の帳簿を保存しているかで判断する、という方針に転換されています。
とはいえ、帳簿など付けようと思えば直前にでもつけられますので、この300万という基準も、税務署が判断の一助にする可能性がありますので、注意が必要です。
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元国税調査官・税法研究者 松嶋洋とは?
元国税調査官・税法研究者・税理士
松嶋 洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。