「明確化」という名の遡及課税:元国税調査官・税理士 松嶋洋が語る!税務署の実態と税務調査対策ノウハウ

元国税調査官が税務調査対策すべてお話しします_元国税調査官・税理士_松嶋洋

本記事は元国税調査官・税理士 松嶋洋がセブンセンスグループのメルマガに掲載したコンテンツの再掲載です。記事内で言及されている法令ならびにその解釈はメルマガ掲載時のものとなります。

遡ること令和4年度税制改正において、

クロスボーダーで行うデリバティブ取引の決済に係る所得(デリバティブ所得)について、取扱いを明確化するという改正がなされました。

この改正の意味ですが、

1 日本に住所がない非居住者の方が
2 日本の市場のデリバティブ取引、具体的には先物取引やオプション取引などを利用してお金を稼いだ場合
3 原則として日本では課税しない

という取扱いを法令上「明確化」するというものでした。

従来、税務署は、非居住者の方が日本市場の先物取引などでお金を稼いだ場合、日本の所得(国内源泉所得)に該当するとして、税金を課税していました。

非居住者の方は日本に住所がないため、一部日本の課税を緩めることとされており、日本ではすべての所得に課税されるのではなく、国内源泉所得にのみ課税されます。

このため、国内源泉所得に当たるかが問題になりますが、日本市場のデリバティブ取引については、「契約上の地位」が日本にあるため国内源泉所得に該当する、という理屈で税務署は課税をしてきました。

実際、更に遡ること平成31年の裁決事例においては、この理屈による非居住者に対する課税が合法とされていました。

しかし、この裁決の結論も真逆にして、課税しないと「明確化」するという改正が実現した訳で、令和4年度改正が行われた当時は大きな話題になったものでした。

なお、先の裁決事例で負けた非居住者の方は、地裁でこの税務署の理屈はおかしいとして、争っていた状況でした。

しかし、この改正を受けて、税務署は自ら負けを認めて訴訟を取り下げたようです。どんな状況でも決して妥協しない、税務署という組織からすれば、まさに異例の状況でした。

通常、「改正」とは将来に向けて行うものですが、今回は今まで当然課税されないものを「明確化」する、というものですから、遡って取扱いが変わる、ということになります。

結果として、過去の年度でデリバティブ所得を申告し納税していた非居住者の方についても、更正の請求により所得税を還付することが国税庁のホームページで示されました。

これだけ聞くと、遡って納税者有利になるのでありがたい、と思うかもしれませんが、実は本改正により、過去に遡っての課税、すなわち遡及課税も生じます。

この理由は、非居住者が行う、日本市場のデリバティブ所得が国内源泉所得にならないということは、その逆もしかりだからです。

具体的には、「居住者」が「国外市場」で行うデリバティブ所得は国外源泉所得にならないことを意味することになります。

国内に住所がある居住者の方は、全世界の所得に対して課税されます。このため、外国で課される税金についても日本で課税されることになります。

その二重課税を避けるために、例えば外国からもらう配当について、その国で源泉徴収された税額については、外国税額控除という税額控除が認められます。

詳細は割愛しますが、この外国税額控除の計算上、国外源泉所得が大きい場合には、多額の控除を受けることができ有利になります。

従来、居住者の国外市場のデリバティブ所得は国外源泉所得と国税当局は判断していた訳ですが、今回の改正を受けて国外源泉所得にならないと過去に遡って「明確化」されることになります。

結果として、外国税額控除が減る居住者も発生する訳で、該当する方は修正申告をして税金を支払うよう、これまた国税庁のホームページで示されています。

ここで重要なことは、遡及課税は絶対に許されないということです。

何をするにも税金は必ず検討しますので、今まで課税されないというルールだったのが、いきなり過去に遡って課税されるとなると、遡って税金を取られることになり大変な事態になるからです。

となると、この改正は遡及課税に当たる可能性が大きいので、「明確化」と片付けず、課税しないよう税務署は当然処理を改めるべきと考えます。

この点、現状問題視されていないので困るのですが。

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元国税調査官・税法研究者 松嶋洋とは?

元国税調査官・税理士・松嶋洋元国税調査官・税法研究者・税理士
松嶋 洋

昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。

参考サイト

著書

引用元:「明確化」という名の遡及課税– セブンセンスグループ – 経営・会計コンサルティング

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