猶予措置はあるものの、いよいよスタートする電子取引のデータ保存の義務化ですが、前代未聞の対応で、かつすべての納税者に関係することもあって、著名人なども取り上げる大きなニュースとなっています。
そのコメントの中で、日本企業の生産性などを踏まえれば、電子帳簿保存の義務化は当然なのに、日本は紙神話が強いことから一向に進まないため、適用が延長されたり猶予措置が設けられたりした、といった解説もありました。
日本企業に現状も紙神話があることも否定しませんが、そもそもの問題点は、メーラーやアマゾンなどのサイト、そしてダウンロードした自社のパソコンに請求書や領収書が保存されており、それで取引内容は十分に分かるにもかかわらず、電子帳簿保存制度においては、それだけでは経理資料を保存したことにならない、とされていることにあります。
具体的には、検索できるように保存したり、データの改竄がなされないようにタイムスタンプを付したりする必要がある訳で、本来1円のコストも発生しないはずの電子取引のデータの保存に対し、膨大な手間とコストが発生する現実があります。
こういう訳で、紙神話の考え方を変えるよりも、まずやるべきは電子取引のデータの保存要件を緩和することでしょう。
この要件緩和ができない理由として、よく言われるのは税務の立証責任です。
税務は収入だけでなく経費についても、原則として税務当局に立証責任があるとされています。このため、納税者が申告した経費についても、それが経費にならないことを税務署は税務調査で示す必要があります。
となった場合、納税者が経費を裏付ける領収書などを改竄すると、立証が難しくなって税務当局が困りますから、電子取引で取得する電子データの保存についても、厳しい要件を課しているのです。
このような背景を踏まえれば、本来は立証責任という問題から議論していかないと、納税者にとって使いやすい電子帳簿保存制度はできない訳です。
仮に、納税者が経費について立証するとすれば、税務当局としては手間がかからないので、電子データの保存の要件を緩くしても問題ないはずです。
もちろん、負担が増える納税者としては反発すると考えられますので、その負担と電子保存のメリットを比較し、数年かけて議論していかなければなりません。
こういう訳で、電子帳簿保存制度という限られた問題ではなく、立証責任という税の根幹から変えていくべき問題なのですが、こと今回の電子取引のデータ保存の義務化については、このような突っ込んだ議論がなされた痕跡はありません。
税務雑誌などで税務当局の担当者の解説を読むと、接触を避けるためのコロナ対策の一環で制度を作った、といった指摘もありましたが、どんな例外も認められるような、コロナ対策という名目で片付けられる問題ではありません。
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元国税調査官・税法研究者 松嶋洋とは?
元国税調査官・税法研究者・税理士
松嶋 洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。