以前質問を受けた事例ですが、棚卸資産の評価誤りに対し、重加算税の対象になると税務署から指摘された税務調査があります。
棚卸資産については、その金額をいくらにするか評価が問題になります。例えば、工業製品などは工程の進捗割合によって評価が変わるとされていますので、どのくらい製造が進んでいるかなど、合理的に計算する必要があります。
合理的に計算すると申しましたが、何をもって合理的かは会社の状況や製品の内容によっても異なる話ですので、ケースバイケースの判断になり、画一的に計算できるものではありません。
このため、棚卸資産の評価について税務調査で問題になるのは、納税者の判断が合理的か否かということが中心になります。
合理的かどうかというのはいわゆる見解の相違でグレーゾーンの話ですから、棚卸資産の評価誤りは、原則として不正取引に対して課される重加算税の対象にはなりません。
この点、国税の通達にも明記されています。
現職時代の実務を考えてみても、棚卸資産の問題で重加算税を課税したのは、棚卸資産の「評価」ではなく、棚卸資産の「数量」に関するものでした。
例えば、多数の商品を売っている会社は期末に在庫の数を数えて在庫表を作成します。
この在庫表をエクセルで作成する場合、意図的に一部の商品を除外したり数量を改ざんしたりして在庫表を作成すれば、棚卸資産の金額は小さくなり、結果会社の利益も少なくなります。
こういう場合には、意図的に棚卸資産を少なくした、と言えますから重加算税の対象になります。
在庫を考えていただくと分かりやすいと思いますが、棚卸資産については、資産をどのように評価するかという「評価」が問題になる場合と、棚卸資産の「数量」が問題になる場合の二つがある訳です。
前者については、基本的には判断の問題ですから先の通り重加算税の対象にはなりません。何より、判断ということは内心の問題ですから、証拠が残ることも多くはなく、意図が問題になる不正取引と断定することが難しいことになります。
一方で、数量を偽造する場合は、在庫表を改ざんするなどしますので、証拠が残りやすく重加算税も課税しやすい訳で、判例でも数量の仮装で重加算税が課税されるケースがほとんどです。
重加算税を課税するための証拠を発見する難しさも考慮されて、棚卸資産の評価の問題については重加算税の対象には原則しない、と国税の通達では決められているのかと考えます。
冒頭の質問に係る税務調査では、棚卸資産の評価額について、その金額の根拠が乏しいことから意図的な不正で重加算税と税務署は指導した模様です。
毎年出鱈目な数字を書いて過少申告をしている、といった場合は露骨な不正行為として重加算税の対象になる場合もありますが、そうでなければ意図的な不正とは言えず、重加算税の対象にはなりません。
実際のところ、最終的には国税が指導を撤回し、重加算税は課税されませんでした。
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元国税調査官・税法研究者 松嶋洋とは?
元国税調査官・税法研究者・税理士
松嶋 洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。