税務調査で書面など、決定的な証拠が乏しい問題が発見された場合、税務署は事実関係を正確に把握するために「質問応答記録書」という書類を作成します。
これは、刑事事件の取調調書に類似した書類で、社長などの調査対象者にヒアリングした内容を、質疑応答形式でまとめる書類です。
言い換えれば、このような書類を作ることでヒアリング内容を証拠書類とし、証拠に乏しい状況にもかかわらず、今後の課税処分で証拠として活かすことを税務署は目的としています。
この質問応答記録書の証拠性を高めるために、税務署の調査官は、ヒアリングをする対象者に自分が記録した内容に誤りがないか確認してもらった上で、「事実関係に相違がない」旨の押印を求めることになっています。
ここで重要なのがこの「押印」で、数多の裁判例でも指摘されている通り押印があれば、質問応答記録書の証拠能力が飛躍的に大きくなります。このため、質問応答記録書の対応方法として「押印は拒否できるのだから、押印してはいけない」と、実際に実施できているかは分かりませんが、多くの税理士が解説しています。
話を戻しますが、押印を「拒否できる」というニュアンスで誤解しがちなのが、税務調査と「行政指導」との違いについてです。
本連載でも指摘しましたが、税務調査は拒否できないが、行政指導は拒否できると言われます。
行政指導の典型例は「~について問題があると想定されますので、確認の上税務署の担当者までご連絡ください」といった、税務署からのお尋ね文書ですが、これには回答する義務はありません。
先の文言にもあります通り、行政指導は「ご連絡ください」といった行政のお願いに過ぎないからです。
一方で、税務調査は納税者が応じる義務があるものですから、それを拒否するのは違法です。
このような相違があることはよく知られていますが、とある自称税務調査の専門家が、拒否できる質問応答記録書の「押印」も行政指導である、と指摘していました。
確かに、拒否できるという側面は同じですが、この理解は誤っていると考えられます。
と言いますのも、質問応答記録書について書かれた国税の内規には、「質問応答記録書は、調査関係事務において必要がある場合に、質問検査等の一環として~作成する行政文書である」と解説されているからです。
注目いただきたいのは「質問検査等」という用語で、税務調査で必要となる事項について、調査官が調査対象者にヒアリングしたり資料を確認したりすることを法律的に「質問検査等」といい、納税者がそれを拒否すると違法とされています。
質問検査等の一環である以上、質問応答記録書の作成を納税者は拒否できないと考えられます。
一方で、押印まで義務付けるのは任意調査であるため強硬的なので、それは拒否できる、というのが正しい整理でしょう。
先の自称専門家のように、「押印」は行政指導と安直に理解すると、質問応答記録書の作成も拒否できると誤った理屈を導きかねないので注意が必要です。
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元国税調査官・税法研究者 松嶋洋とは?
元国税調査官・税法研究者・税理士
松嶋 洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。
参考サイト
著書
引用元:質問応答記録書の「押印」は 行政指導というフェイクニュース – セブンセンスグループ – 経営・会計コンサルティング