税務上、問題になる経費に役員退職金があります。
役員退職金は、かなり大きな支出が認められますが、それを受ける役員の所得税の節税になるだけでなく、支給法人の法人税の節税にもつながりますので、実務では非常に重要になります。
しかし、役員退職金の金額が高すぎる場合と、役員に退職の実態がない場合には、その経費性が否認されます。
紙面の都合上、役員退職金の金額の問題は解説しません。
一方の役員の退職の実態については近年、「黄金株」が問題になります。
黄金株とは拒否権付株式ともいい、所定の株主総会の決議などに対し、拒否する権限を有する株式をいいます。
決議を否決しうる権限がある訳ですから、例えば創業者が後継者に事業を引き継ぐ際、後継者の経営判断を監督したいという場合に黄金株は相性がいいと言われており、事業承継でよく使われます。
このように、黄金株は非常に大きな権限を持つため、退職する役員が黄金株を持っている場合、その役員は退職の実態がないと判断される可能性があると言われます。
なぜなら、株主総会の決議に対して拒否ができるとすれば、黄金株を持っている役員は経営判断をしているという解釈は十分に可能であり、経営判断は役員の仕事ですから、黄金株を持っているだけでその役員は退職していない、と判断することができるからです。
この点、実際の否認事例などは耳にしていませんので、実務における具体的な取扱いは不明ですが、リスクヘッジとして一つ押さえておきたい判例があります。
この判例は、株式保有割合が大きい株主である元役員に、退職の実態があるかが問われたものですが、国税の課税処分が取り消されています。
国税は、その元役員は株式の保有割合が大きいため、会社の決議事項に大きな影響を与えることができることから、退職の実態はないと主張しました。
しかし、裁判所は、株主と役員は似て非なるものなので、株式の保有割合が大きいことと、役員に退職の実態があるかどうかの判断は、直接関係ないとしています。
この判例の理屈からすれば、黄金株を持っているため、会社の経営判断に影響を及ぼすことができるとはいえ、それは株主としての立場ですから、役員の仕事とは直接関係なく、退職の実態の有無についても関係ないと結論付けられます。
しかし、この判例の建前と矛盾する学説や解説書も多く見られますので、この判例が確実な根拠とまでは言えません。
このため、確実を期すのであれば、黄金株を処分して役員退職金を支給するべきでしょう。
しかし、黄金株という制度ができて10年以上たつのに、未だに黄金株と退職の実態の判断について正確な見解を国税が出さないことは大きな問題です。
事業承継の有効なツールである黄金株を阻害しないよう、早めに国税は見解を出すべきでしょう。
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元国税調査官・税法研究者 松嶋洋とは?
元国税調査官・税法研究者・税理士
松嶋 洋
昭和54年福岡県生まれ。平成14年東京大学卒。国民生活金融公庫(現日本政策金融公庫)、東京国税局、日本税制研究所を経て、平成23年9月に独立。
現在は税理士の税理士として、全国の税理士の税務調査や税務相談に従事しているほか、税務調査対策・税務訴訟等のコンサルティング並びにセミナー及び執筆も主な業務として活動。とりわけ、平成10年以後の法人税制抜本改革を担当した元主税局課長補佐に師事した法令解釈と、国税経験を活かして予測される実務対応まで踏み込んだ、税制改正解説テキストは数多くの税理士が購入し、非常に高い支持を得ている。
著書に『最新リース税制』(共著)、『国際的二重課税排除の制度と実務』(共著)、『税務署の裏側』、『社長、その領収書は経費で落とせます!』『押せば意外に 税務署なんて怖くない』などがあり、現在納税通信において「税務調査の真実と調査官の本音」という500回を超える税務調査に関するコラムを連載中。