去る2016年2月26日、名古屋にてクラウド請求書サービス「Misoca(ミソカ)」を運営するスタートアップ、株式会社Misocaを会計ソフトシェアNo.1の「弥生」が買収した。
スタートアップやIPOブームに沸く近年だが、とは言えスタートアップ界隈に目を向けると東京と地方の温度差・情報格差は大きいと言わざるを得ない。
そんな中、名古屋に本社を置きつつ、東京の公認会計士の力を借りて弥生へのイグジットへと至る成長を実現したのがMisocaだ。
地方のスタートアップが東京の公認会計士や税理士を顧問にすることによってどういった効果があるのだろうか?
今回、Misocaの創業者である豊吉隆一郎(とよし りゅういちろう)氏、そして、Misocaの顧問会計士として彼らを支えたIKP税理士法人の細田将秀(ほそだ まさひで)氏による対談をお届けする。
豊吉 隆一郎(とよし りゅういちろう)
株式会社Misoca 代表取締役
岐阜県出身。岐阜工業高等専門学校 電気工学科を卒業。高専在学中にはNHKのロボットコンテンストで準優勝チームのプログラミングを担当するなど、生粋のエンジニア。
卒業後は個人事業としてWebサービスの開発や売却の実績を積み、2011年6月に株式会社 Misoca (旧:スタンドファーム株式会社)を設立。クラウド請求書管理サービスMisoca(ミソカ)のプロダクトオーナーとして世の中のしくみをシンプルにすることを目標にサービスを成長させ、ユーザー数は100,000事業者を突破。2016年2月、Misocaを弥生株式会社に売却し、弥生グループ入りを果たす。
細田 将秀(ほそだ まさひで)
IKP税理士法人 代表 公認会計士・税理士
慶応義塾大学経済学部卒、2003年公認会計士2次試験合格。監査法人トーマツ 金融インダストリーグループでの勤務を経て、2007年、株式会社インターナレッジ・パートナーズ(Inter-Knowledge Partners)、ならびに、IKP税理士法人を設立。会計・税務を中心に経理のアウトソーシング事業から財務コンサルティングまで幅広くサービスを提供。幼少期より簡単なプログラミングに親しんでおり、最近では財務データベースサービス「CorpFilings(コープファイリングス)」を開発しリリースするなど自身が起業家でもある。
受託業務から脱却したい!
ベンチャーキャピタルから最初の投資を受けるまで
細田:豊吉さんが共同創業者の松本さんと出会って会社を設立したのが2011年6月。そこからインキュベイトファンド*の第1回目の投資を受けたのが2013年9月。その2年ぐらいはMisocaを運営しつつ、受託開発で売上をあげるっていう感じでしたよね。
*シード投資専門のベンチャーキャピタル。ベンチャーキャピタル業界でも高いパフォーマンスを誇るファンドのひとつ。
豊吉:はい、当初はシステムの受託開発も行っていました。受託開発で売上を上げて固定費をまかないつつ、自社による独自サービス(Misoca)での成長を目指すっていう一般的なスタートアップの事業スタイルです。
細田:そこからMisoca一本に絞っていったわけですが、やはり最初のファイナンスに関連するところはありますか?
豊吉:はい。当時、スタートアップ向けのイベントに登壇したりしていたおかげでMisocaは請求書作成のクラウドサービスとしてそれなりに知名度はあったのですが、まだまだ成長させられるなって思っていましたし、サービスとしても改善すべきところはたくさんありました。
そう言った中で受託業務と並行した開発を続けていくことにスピード的な限界を結構感じていて、変化の速いWEB業界なのでライバルが出てくる前にMisocaに専念してサービスを成長させたい、一方で、当時のMisocaは売上も月数十万円とほとんどなかったため、受託がなくなると食べていけない、そういったジレンマがありました。
そうした中で、ベンチャーキャピタル(以下、VC)からの資金調達をしたほうがいいんじゃないかと自然とイメージするようにはなりました。
ただ、「資金調達」と言っても、どういう方法があるのかほとんどわからない状態でした。なので、最初はこの辺の情報の整理をし、借入やエクイティ調達の違い、ベンチャーキャピタルの存在など、いろいろなことを知るようになりました。
次に、VCに会ってみようということでいろいろなVCの方々と会いました。
実際に投資を受けるかどうかは置いといてVCの人たちが何を考え、どういうスタートアップに投資するのか、Misocaのサービスがどう見られるのかなどを聞いてまわりました。
いきなりVCにプレゼンに行くのではなくその前段階としていろんなVCの方々の話を聞いたことによって、VCとはどんなものか、Misocaの強みや弱みはどこかなど、学べたのが良かったと思います。
細田:そうした中に、最初のシード投資をしてくれたインキュベイトファンドがいたのですか?
豊吉:いや、実はそうじゃないんです(笑)。
イベントでインキュベイトの和田さんと(共同創業者の)松本が偶然知り合いになって、同じくインキュベイトファンドのパートナーである赤浦さん*をご紹介頂きました。赤浦さんからはすぐに投資の打診を受けて、こちらも心構えもできていなかったのでどうしたらいいのだろう、と。
*インキュベイトファンド 代表パートナー 赤浦徹:サイボウズなどBtoBスタートアップへの投資で高い実績を有するVC業界屈指のベンチャーキャピタリスト。
細田:僕がMisocaに関与するようになったのはちょうどこの頃でしたよね。Misocaのアドバイザーをしていた手塚さん*から「名古屋にあるスタートアップだけど、資金調達でちょっと相談に乗って欲しい」っていう連絡を受けて相談に乗ったのが最初でした。
*公認会計士ナビ編集長/株式会社ワイズアライアンス 代表取締役CEO 手塚佳彦
豊吉:そうです。細田さんからはファイナンスの基本的なことや資本政策、外部資本を入れることのリスクとリターンなどについても説明を受けました。それと、ビジネスにスピードを求めるならVCからの調達が基本だよと。
細田:最終的にインキュベイトファンドからの投資を受け入れた理由は何だったんですか。
豊吉:一言で言えば「ビジネスの成功確率を高めたかった」というのが決断の理由ですね。前述のとおり、受託と並行しているとやはり開発スピードが遅いので受託をいつ辞めるかというのはポイントでしたけど、そのためには資金を何かで調達しないといけない。
こうしたことを考える中で、細田さんのアドバイスもあり、エクイティ調達が一番だという結論になりました。細田さんにはデット(借入)とエクイティ(増資)の違いやそれぞれに適したビジネスはどういったものかなど、基本的なところからレクチャーしてもらえたのが良かったですね。納得してエクイティでの調達に踏み切れました。
あと、インキュベイトファンドに関しては、お金以上に赤浦さんと一緒にやれるという理由は本当に大きかった。どうせVCから調達するならもう少し時間をかけてもっと好条件のVCを探してからでもいいのではないかといった議論もしたのですが、サイボウズをはじめBtoBですでに大きな実績を出している赤浦さんと一緒にやらなかったら誰と一緒にやればいいんだって話になって、赤浦さんと一緒にやらせてもらおうっていう結論になりました。今振り返っても、この決断には間違いありませんでした。
細田:実際に赤浦さんからのサポートってどんな感じでした?
豊吉:週1回、Skypeミーティングで事業のアドバイスもいろいろとしてもらいましたが、赤浦さんの人脈でいろんな方々をご紹介頂いたのがとても大きかったです。
サイボウズの青野さん、クラウドワークスの吉田さん、SanSanの寺田さんを始め、提携先を探す際はすべて代表・社長を紹介してくれるなど、自分の人脈だけではリーチできない人たちにお会いさせてもらって、いろいろなアドバイスを頂けました。どの企業と話をするのにもトップを紹介してもらえたおかげで、有名企業とのアライアンスをスピーディーに進められたのはMisocaの事業を推進していくうえで非常にありがたいことでした。
VC選びのときに出資条件だけではなく、人脈だったり、販路開拓だったり、そういった部分もしっかり検討しろと言われましたが、本当にその通りだと思います。
なぜ東京の会計事務所に切り替えたのか?
資金調達とIKP税理士法人へのスイッチ
細田:インキュベイトファンドからの第1回目の投資を機に会計事務所をうち(IKP税理士法人)に変更されました。普通は地元の会計事務所を使うことが多いかなと思うのですが、名古屋から遠く離れた東京の会計事務所にすることへ不安とかはなかったんですか?
豊吉:そもそも名古屋の会計事務所でVC投資やベンチャー経営に理解の深い事務所は全然ないんですよね。VC投資を受けたいと話したら「会社が乗っ取られるよ」と言われましたし(笑)。
それはそれとしても、細田さんとは電話、メール、Skypeなどでやりとして物理的な距離にまったく不安は感じなかったし、インキュベイトファンドからの投資を受ける際にまだ顧問契約前なのに無償でいろいろとアドバイスを頂けて、細田さんの知識や経験は本当に必要だと思ったのでIKPさんにお願いしようと思いました。
メール投げたらいつも即行ですごい詳しい長文メールが返って来て、おぉすごいなと(笑)。
細田:ありがとうございます(笑)。
豊吉:それに、ビジネスモデルそのものについて議論できたのがよかったです。ベンチャー企業を経営していても事業計画やビジネスモデルを真剣に議論してくれる人って意外といないんですよね。知り合いの社長とかに話しても、だいたいが「いいよね、それ」って無難なことを言われるので。
細田:ビジネスを考える上で会社の経営資源を総合的に考えないと選択可能な戦略って出てこないですからそれを知らない外部の人が相談にのるのって難しいんですよね。そもそもそれを知っている人はその会社の経営陣と顧問の会計士・税理士くらいですから。
豊吉:それにしても細田さんの指摘はハッキリしていて辛い時もありましたよ(笑)。会計事務所だと普通はお客さん扱いしてもらえるのに、事業計画をプレゼンしたら率直に「おもしろくない」「伸びない」と言われて。僕は何をしにIKPに来たのかな…と(笑)。挙句の果てに同席していた松本にも「俺も実はそう思ってた」とか言われるし、その場の全員からダメ出しされて本当に辛かった(笑)。
それでも、会社経営とかしていると、周りに褒めてくれる人はたくさんいるので、悪い部分も含めてちゃんと指摘してくれる人にしようと思ったのも、細田さんを選んだ理由ではありますね。
細田:僕も決して好きでダメ出ししているのではなくて、一生懸命やってる人に「面白くない」とか言うのって意外と大変なんですよ(笑)。
豊吉:あとは、ベンチャー経営者と同じ目標を見てやってくれるのが良かったです。普通の税理士や会計士は次の決算や申告目線では相談にのってくれますけど、IPOやEXITなど長期的なビジネスのゴールを一緒に見てくれるところは少ないと思います。
その点、細田さんはそういう目線で常に話してくれました。実際に、顧問になったときに「本気で上場を考えてるならまずは上場ハンドブックを買って持ち歩け」って言われて、そうだよなって思いました。一緒に将来を見据えてくれていると本当に思いましたね。
2回目の資金調達とFinTech(フィンテック)への流れ
細田:最初の3,000万円の出資の大半はマーケティングに使ったんですよね?
豊吉:そうです。マーケティングを中心にお金を使いましたね。まずは利用者を拡大していこうということです。あとは開発のための人件費にも充てました。
細田:最初の出資から約1年後の2014年10月に2回目の資金調達としてインキュベイトファンドとSMBCベンチャーキャピタルから総額7,000万円の出資を受けることになりましたよね。ちょうどこの頃から請求書管理システムに売掛金の回収を保証する機能を付加するなどの金融事業側にシフトしていきましたよね。
豊吉:はい、この頃、Misocaの利用事業者数が毎月10%以上のペースで成長をしていて、20,000事業者を超えていました。このため、Misocaを通じて発行される請求金額は相当で、WEBで請求書を管理・発行するだけでなく決済を含めて金融事業に取り組めば大きなビジネスが展開できるのではないかと考えるようになりました。
ちょうど「Misocaペイメント」というWEBで受け取った請求書からクレジットカードで決済ができるサービスをリリースしていて、これらの機能強化・開発スピードの向上を目的に2回目の資金調達を行いました。
増資は、インキュベイトファンドの赤浦さんに2回目も引き受けてもらい、SMBCベンチャーキャピタルの方にも資本参加して頂くことになりました。
細田:ちょうど日本でFintech(フィンテック)が盛り上がってきたころでしたよね。注目スタートアップは、ビッグデータ、フィンテック、IoTみたいな感じの時期ではありました。
豊吉さんからこの話を聞いたときに、Misocaが請求書管理システムというひとつのモジュールから大きく脱皮して世界観が広がったなって感じたのを覚えています。
豊吉:いつも批判されていた細田さんに「面白い」って言ってもらったときは、本当にうれしかったですよ。自信にもなりました。
M&Aって何をすればいい?
弥生へのイグジットにおける会計士のサポート
細田:資金調達も行って事業を順調に拡大していたわけですが、弥生さんから買収の提案があったのは2015年の夏頃でしたよね。
豊吉:はい、そうですね。RISING EXPOというイベントに参加していて、その後に弥生の代表の岡本さんから直接ご提案を受けました。
弥生さんとは2014年の秋からYAYOI SMART CONNECTでMisocaと弥生会計が連携していて、買収の提案を受ける以前から岡本さんとは良いお付き合いをさせて頂いていたので、普段から情報交換をかねて話はしていました。
弥生から買収の提案があったときにすぐに細田さんに電話して、この提案をどう考えるべきか、受けるならこちらのバリュエーションはいくらくらいが良いかなどいろいろとご相談させてもらいました。
細田:他にも既存株主の反応はどういうパターンがあるかなど幅広なお話をしましたね。実際に最初に提案されるプレ・バリューから、デューデリジェンスや交渉の過程を通じてバリュエーションが変化していくことがあること、それと、既存株主がVCだったので、VCとしての投資回収の目標値とか、いくらぐらいのバリュエーションなら売却に応じてくれるのかなどについてもお話ししました。
豊吉:はい、その辺の温度感のお話とかは本当に参考になりました。買収の提案を受けるのは初めてだったので、どういう順序で話が進んでいくのかもわかりませんでしたし、株主の方々がどのような想いになるのかなどもわからなかったので助かりました。
細田:財務と税務のデューデリジェンスを私も同席の上で受けられましたが、実際に印象はどうでしたか?
豊吉:緊張はしましたね。ただ、会計全般はすべてIKPさんに依頼していたし、細田さんが同席もしてくれたので、その辺の安心感というのはありました。質問とかは結構具体的に突っ込まれていくので、その辺をしっかり理解している人が参加しているというのは心強いなと思います。
細田:特にベンチャー企業の場合は、必ずしも企業会計基準*に従った会計処理が行われているわけではないので、上場企業からデューデリジェンスを受ける際には、その辺の事情もわかっている会計士が同席するのがよいですね。ソフトウェアの会計処理や減損会計、税効果会計など、スタートアップ企業では適用していない会計処理も多く質問として投げられるので、スタートアップの実務的な落とし所なども熟知している人が同席すると安心感は出るかもしれません。
*上場企業に適用される会計基準
豊吉:思い返せば、日々の会計だけでなく、Misocaのビジネスモデルや事業計画、初めての資金調達から弥生への売却まで、IKPさんには全部相談にのって貰いましたね。
スタートアップの経営者にとって、やっぱりこの辺の事情に詳しい会計士の存在って大事だなって思います。税金のことだけじゃなくて、ビジネスモデルや資金調達、バイアウトなどいろいろなことに疑問がわく中で、いずれに対しても解決策を提案し、実行してくれるのは本当に助かりました。
細田:そういって頂けると嬉しいです。ありがとうございます。最後に本インタビューを読んでいる企業の方々へのメッセージはありますか?
豊吉:Misocaでは資金調達からイグジット、そして今回の話ではでませんでしたがストックオプションの設計までを細田さんにサポートしていただきました。
細田さんには豊富な経験をベースとしたアドバイスいただけて本当に良かったなと思っています。
特に投資契約、ストックオプションの細かい条項の是非はケースバイケースであったり経営陣の想いが重要だったりして教科書には書いてありません。また、事業計画もつい自分よがりで、伝わりにくいものになってしまうこともあるのですが、他社を見ていたり、投資側の事情にも詳しい細田さんと考えることでより正確で納得感のあるものが作れました。
また、我々が名古屋、細田さんが東京という離れた環境でも、メールやスカイプ、クラウドサービスの活用で十分な協力体制が作れたということは、東京以外でスタートアップを考えている人向けに良い前例が作れたと思います。
「経営者は孤独」などと言われたりしますが会計事務所はお金のことを相談できる数少ない仲間です。妥協せず自分と事業のためになるところを選び、チームとして一緒に喜びを分かち合えるといいですね。
取材協力
IKP税理士法人
クラウド請求書管理サービス Misoca(ミソカ)
※本記事は公認会計士ナビからの転載です。
地方のスタートアップの成功とそれを支えた東京の公認会計士の話~Misocaが弥生にイグジットするまで~:公認会計士ナビ